ー教育ー教育ー教育...

ー教育ー教育ー教育...

ID:33882269

大小:1.92 MB

页数:50页

时间:2019-03-01

上传者:U-6858
ー教育ー教育ー教育..._第1页
ー教育ー教育ー教育..._第2页
ー教育ー教育ー教育..._第3页
ー教育ー教育ー教育..._第4页
ー教育ー教育ー教育..._第5页
资源描述:

《ー教育ー教育ー教育...》由会员上传分享,免费在线阅读,更多相关内容在教育资源-天天文库

マレーシアの教育(財)自治体国際化協会CLAIRREPORTNUMBER217(JULY12,2001)財団法人自治体国際化協会(シンガポール事務所) 目次はじめに概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ⅰ第1章国民教育制度の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1第1節伝統的教育からイギリス植民地下の教育まで・・・・・・・・・・・・1第2節国民教育制度の確立・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21バーンズ報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22ラザク報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33ラーマン・タリブ報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4第3節ブミプトラ政策と教育制度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51ブミプトラ政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52教育制度との関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63教育の国語化政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7第4節国民教育政策の再定義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・81ブミプトラ政策の微妙な修正・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・821996年教育法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8第2章学校教育の概要と教育政策の展開・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10第1節学校教育の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・101就学前教育・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・112初等教育・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・113中等教育・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・144大学予備課程・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・205大学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21第2節教育行政の構造とその役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・221教育省の組織構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・222教育関係予算・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25第3章学校の現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27第1節エリート教育制度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27第2節全寮制中等学校の事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・271概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・272学校生活の実態・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・283学校の実績・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30第3節マレー系への優遇措置・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・311経済面での優遇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・312高等教育機関との連携・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32第4章ITに対応した新制度の導入・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34第1節MSC計画と教育政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34第2節スマート・スクールのコンセプト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35第3節学校への導入と現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36第4節スマート・スクールの課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43 はじめにマレーシアは、マレー半島に位置する西マレーシアとボルネオ島の東マレーシアから成り、西マレーシアはマラッカ海峡に面する東南アジアの交通の要衝である。また、古くからスズなどの天然資源にも恵まれ、その戦略的な位置と資源をめぐってオランダ、イギリス等からの植民地支配を余儀なくされてきた。一方で、交易の進展や資源の開発は移民の増加を促し、その結果、現在2,000万人あまりの人口のうち、マレー系62.3%、中国系26.7%、インド系7.6%などの複数の民族で構成されている。しかし、マレーシアは複合民族国家にありがちな民族対立や宗教対立を巧妙に抑制し、東南アジアの中で異例なほど安定した社会を保ちつづけている。また、スズやゴムに代表される一次産品の輸出国だったマレーシアは、独立後の輸入代替段階、次に新経済政策(NEP;NewEconomicPolicy)による輸出指向工業化段階、そして重工業段階を経てアジアNIEs(NewlyIndustrializingEconomies、新興工業経済地域)としての地位を確実なものとし、今や一人あたりGDP(国内総生産)でも東南アジアでシンガポール、ブルネイに次ぐ第3位の経済を築くまでに発展している。こうした複合民族の統一政策と経済政策は、実は教育政策と極めて深い関わりがある。また、最近では世界的な潮流であるIT(情報通信技術)に対応したスマート・スクールと呼ばれるプロジェクトを推進するなど、新時代に向けた経済政策と教育政策の関係はますます密接になっていると思われる。本稿では、そうしたマレーシアの国家教育制度の成立課程から、制度の具体的な内容、そして学校や新プロジェクトの現状や課題について取り上げた。ところで、日本の教育の現状は近年悪化の一途を辿っている気がしてならない。いじめや不登校、凶悪犯罪の低年齢化、そして学力低下など社会的問題として捉えられ、その行方に教育に携わるものでなくとも強い危機感を抱いている。その危機感を背景に教育の抜本的な改正が国レベルでも論議がなされているものの、具体的なあり方や将来像は相変わらず明確な輪郭が見えない。そうした中、マレーシアという多民族国家が取り組んでいる教育に光明が見出せるかもしれないという気持ちであえて取り組んだ一面もある。本稿は、シンガポール事務所の中村所長補佐が担当した。本稿は制度の紹介や現状の分析など断片的なもので、体系的なレポートには至っていない。また、その考察や評価等についても、日々教育に携わっておられる方々から見ればまだまだ満足できるものではないかもしれないが、マレーシアの教育を理解するうえで、いささかでもお役に立てば幸いである。 概要第1章国民教育制度の概要19世紀、当時のマラヤはペナンやマラッカなどを中心にイギリスの植民地支配を受け、ゴム園やスズ鉱山の開発も盛んに行われていた。その植民地政策により中国人やインド人の移入が促され、複合民族社会が形成されるきっかけとなった。同じく教育に関しても、イギリスの統治によりイスラム教の伝導を中心とする伝統的な教育に変化が起きた。まず、19世紀末から20世紀初頭にミッション系のマレー語学校による世俗教育がはじまり、また英語学校における英語教育により近代教育が展開されるようになった。その他に、各民族のコミュニティに依拠する中国語学校、タミール語学校など各民族の母語を教授用語とする母語学校も発達した。第二次世界大戦後、マラヤは海峡植民地、連合州、非連合州をあわせてマラヤ連合(MalayanUnion)とし、1948年にマラヤ連邦(FederationofMalaya)を結成、1957年、イギリスからの独立を果たした。そして1963年にはマラヤ連邦は、シンガポール、サバ、サラワクを統合してマレーシアとして新国家を形成した(シンガポールは1965年にマレーシアから独立)。こうした中、バラバラだった各民族社会が国家として統合された以上、民族の文化的・歴史的相違を乗り越え統一を果たす国民教育制度の確立が必要になった。その確立に大きな役割を果たした報告書が、①バーンズ報告(1951年)、②ラザク報告(1956年)、③ラーマン・タリブ報告(1960年)である。これらの報告書はマレー語学校を国民学校として国民教育制度の中核と位置付け教育の統合を図る理念で貫かれており、その成果は「1961年教育法」として施行され、長くマレーシアの教育制度の骨格を形成するものとなった。その後、新しい時代に適応するため、1995年に同法の見直しが行われた結果、「1996年教育法」が施行され、現在の教育体制が出来上がっている。<ブミプトラ政策と教育制度>イギリスの行った分割統治(DivideandRule)は、マレー系を農業、中国系を製造業及び商業というように、長く民族ごとの棲み分けを強制してきた。その結果、産業別の生産性格差が民族別の所得格差につながり、元々土着の民族だったはずのマレー系は、特に中国系に対し、経済的に大きく遅れをとることになった。1971年、政府は「新経済政策(NEP)」を発表し、国民統合と国家建設のために、貧困の撲滅と民族間・地域間の経済格差を是正する社会構造の再編に取り組むことを明らかにした。この主な内容は、経済的地位の低い「ブミプトラ(マレー語で土地の子)」にあらゆる面から優遇措置を与えることとされ、その優遇策i が教育行政にも強く反映されている。第2章学校教育の概要と教育政策の展開マレーシアの国民教育は、プレスクールと呼ばれる4歳からの就学前教育からスタートする。以降、小学校6年、下級中等学校3年、上級中等学校2年、大学予備課程2年、大学3年のいわゆる「6-3-2-2-3制」となっている(学校系統図)。その特徴的な制度は飛び級制度と移行学級制度で、前者は小学校を5年で修了できる制度、後者は中等教育進学前にマレー系以外の子どもがマレー語を1年間学習する制度である。マレーシアの学校系統図教育行政の構造は、独立以来確立されたマレー系優先の中央集権体制により、連邦政府(教育省)を中心とするヒエラルキーで構成されている。つまり、連邦政府→州教育庁→地方教育事務所→学校という強力なタテ割り構造となっており、教育に関する組織、運営、開発等はすべて教育省の管理下にある。また、教育に関する企画立案及び意思決定は、教育企画委員会により行われる。第3章学校の現状マレーシアではブミプトラ政策の一環として、将来を担うマレー系のエリートを養成しており、その役割を果たしているのが全寮制中等学校である。全寮制中学は全国に40校あり、その入学者は、小学校6年生時に学力到達度を測る全国統一試験の結果をもとに教育省によって選抜される。2000年1月現在、その40校ii に在籍する生徒数の合計は23,377人、中等学校に通う全生徒数2,000,256人のわずか1.17%に過ぎない。西マレーシア北部に位置するペラ州の州都イポー特別市にある全寮制中等学校のトゥンク・アブドゥル・ラーマン学校。ペラ州を代表するエリート中等学校で、校長を含めた教員数は62人。生徒数は575人、全員がブミプトラの子弟で構成され、同校の卒業後はほとんどが大学予備課程に進み、政府関係で活躍するOBも多いという。<マレー系への優遇措置>マレー系の子弟には、奨学金制度や高等教育機関への入学などで手厚い優遇措置がある。奨学金も特定の大学に進める準備課程への入学も対象は、ブミプトラの子弟のみで、中国系やインド系などには適用されない。第4章ITに対応した新制度の導入90年代までマレーシアの経済をけん引してきた製造業を中心とした労働集約型の産業構造からITに代表される知識集約型の経済へ転換を図る「MSC(マルチメディア・スーパー・コリドー)計画」が発表されたのは1996年で、その内容は首都圏に最新鋭の通信インフラを整備し、ハイテク産業を誘致するというものである。このプロジェクトの基幹事業の一つとして「スマート・スクール」は位置付けられている。スマート・スクールのコンセプトは、ITを駆使することにより、先生が子どもたちを教える、情報を与えるというこれまでの原理を覆し、先生は子どもたちが自ら「学習」する手助けをする役割を担うというもの。また、個人情報のデータベース化やネットワーク網の充実により、試験制度や管理システムも大きく変わると期待されている。2000年1月から、全寮制中等学校を中心とした全国90のモデル校へ導入され、試験的に運用されている。各学校は、情報機器の整備状況に応じてランク付けされている。政府は、2020年までにすべての学校をスマート・スクールに転換し、教育のIT化を実現する計画である。最も大きな課題として教師の役割を果たすはずのソフトウェア開発の遅れがある。現場の教師によると、マレー語を使用したソフトウェア、数学、科学用ソフトウェアの完成度はそれぞれ50%程度と見られており、実用化には改良の余地が多すぎるという。また、メンテナンスを含む学校側の財政的な問題や政府の推進計画自体への財政的不安などの課題が残されている。iii 第1章国民教育制度の概要第1節伝統的教育からイギリス植民地下の教育までマレーシアにおける「教育」は、14世紀に伝わったとされるイスラム教の伝1導まで起源をさかのぼる。伝統的なマラヤの地方では、モスク(イスラム教寺院)やポンドック(小さな宗教塾)が学校となり、教師であるイスラム教のグルや導師が、コーラン(イスラム経典)の読み方やアラビア文字、またイスラム法やマナーについて教えていたという。教師はイスラムの教えに従い奉仕の精神で教育を施し授業料を取らなかったため、生徒や親は、小額のお金や米、ココナッツ等の喜捨を提供した。しかし、この教育は普通6歳以上の男子に限られ、女子は家庭で礼儀作法や文字を習う程度の教育しか受けることはできなかった。18世紀に入ると中国及びインドなどとの東洋貿易に熱心だったイギリスが、2マレー半島における寄港地を求めて、ペナン(1786年)、マラッカ(1795年)、そしてシンガポール(1819年)を次々に植民地化した。そして、19世紀半ばからは、まずマラヤのスズ鉱山を開発し、次いでゴム園の育成を手掛けるなど産業開発にも力を入れ始めた。この開発の進展に伴う労働力の絶対的な不足を補うために多数の中国人やインド人の移入が促されたが、その結果、中国人は主にペナンやシンガポールの都市、インド人はエステート労働者として西海岸連合州に集中する一方、マレー人は農民として保護されたため、多くのマレー人は農村に取り残されることになった。イスラム教の伝導を基本とする教育に変化が現れるのは、イギリスによる本格的な開発が始まった19世紀末から20世紀初頭、ミッション系のマレー語学3校による世俗教育が始まってからである。マレー語学校の設立当初、世俗教育を疑問視するマレー人にはなかなか受け入れられなかった。しかし、この学校のカリキュラムにイスラム教も取り入れられるようになり、また、世俗教育を受けた者が政府の事務的職務につくことができるなど社会的・経済的に有利であることが理解されるようになると、マレー語学校の存在も徐々に認められるようになった。マラヤの近代化は、イギリスの植民地政策が展開された前述のペナン、マラ4ッカ、シンガポールのいわゆる海峡植民地から始まり、連合州、非連合州へと広がった。その展開にあわせて近代教育も同様の広がりを見せた。この近代教育とは、つまり英語教育であった。最初の英語学校は、1816年に英国国教会の1かつてマレーシアが英領であった頃、半島マレーシアはマラヤと呼ばれていた。21816年にオランダに返還される。3宗教教育ではない世間に普通の考え方や風習に基づく教育。4連合州は、19世紀後半から20世紀初めに、スズやゴムの開発でにぎわったペラ、セランゴール、ヌグリ・スンビラン、パハンの西海岸4州のこと。また、非連合州は、その他東海岸中心の5州のことで、スルタンの直接統治方式による伝統的政治形態を保持していた。1 司祭によって創設されたペナン・フリースクールで、同校は、民族・宗教に関係なく生徒は入学が許可され、主に英語を用いて教育が行われた。同様の学校はマラッカやシンガポールにも設立されるが、こうした学校は次第にマラヤにおけるエリート養成校の役割を果たすようになる。また、マレーシアにおける特徴的な教育として各民族による「母語学校」の存在がある。19世紀半ばのイギリスによる産業開発の結果誕生したマレーシアの複合民族社会は、宗教的・文化的にも実に多様な民族で構成されている。それぞれの宗教は主にマレー系がイスラム教、中国系が仏教や儒教及び道教、そしてインド系がヒンズー教と全く異なっており、文化的にもそれぞれ古来の文化に帰属する意識が強い。こうした背景に加え、宗主国イギリスは植民地政策として各民族を分断し支配する分割統治(DivideandRule)を行った。その結果、マレー系は農村部の「カンポン(伝統的なマレーの農村)」、中国系は都市部の「チャイナタウン(中国人街)」、そしてインド系はプランテーションや都市部の「リトルインディア(インド人街)」といった民族ごとのコミュニティが形成されることになった。こうした、各コミュニティには、上述のマレー語学校、英語学校に加え、中国語学校、タミール学校といった母語学校が各コミュニティに依拠する形で設けられ、それぞれの母語を教授用語とする独自の伝統教育が施されるようになったのである。第2節国民教育制度の確立戦時中一時日本の支配下にあったマラヤが、第ニ次世界大戦後イギリスに返還されると、海峡植民地、連合州、非連合州をあわせてマラヤ連合(MalayanUnion)とし、1948年にはマラヤ連邦(FederationofMalaya)を結成、1957年、イギリスから独立を果たした。そして1963年にはマラヤ、シンガポール、サバ、サラワクを統合してマレーシアとして新国家を形成した(シンガポールは1965年にマレーシアから独立)。こうした歴史の中、母語学校は独立後もしばらくは存続していた。しかし、それぞれの学校の成立基盤が、英語学校は都市部のみ、各母語学校は各コミュニティをベースに各地に散らばっていたために、各民族のアイデンティティの象徴だったはずの母語学校が、逆に国民分裂を助長する主要因とも見なされるようになった。そこで、バラバラだった各民族社会が国家として統合された以上、民族の文化的・歴史的相違を乗り越えて国家統一を果たす国民教育制度の確立が緊急の課題と認識されるようになった。1バーンズ報告(LaporanBarnes)1949年に、イギリス政府は民族統一を果たす役割としての新たな教育制度を検討するため、中央教育審議会を設立した。この審議会が検討し、マレーシア2 の国民教育制度について勧告した報告書が、独立前の1951年に提出された「バーンズ報告」であった。その要点は次のとおりである。①国民教育制度は、統一国家の理想を実現させるものであり、共通の国民性形成を目指す。②初等教育は6歳から12歳までの6年とし、その間の教育は無償とする。③国民小学校ではマレー語と英語による二言語主義教育を行い、中国語教育及びタミール語教育は認めない。④中等教育は英語で行い、その他の言語による教育は認めない。この報告書は、マレー語教育を極めて優遇し、マレー・ナショナリズムを色濃く反映したものであった。例えば、③のように、国民小学校では教授用語として英語とマレー語の二言語主義を採用しようとした。これに対し、中国人とインド人は強い反対の意向を示し、バーンズ報告を厳しく批判した。そして子どもの教育は母語で行われるべきであると三言語主義を主張した。この結果、1952年教育令(EducationOrdinanceof1952)では、国民小学校の教授用語は、マレー語・英語のほかに中国語とタミール語を第三言語と扱うこととされ、中国語学校、タミール学校の存続は認められたものの国民教育制度の一部とは見なされなくなった。2ラザク報告(LaporanRazak)1955年に連合党が第1回選挙に勝利した。初代首相のトゥンク・アブドゥル・ラーマンは、マラヤの統一国家実現を図るための教育制度改革が必要と考えていた。そこで、ラザク教育大臣を委員長とする教育委員会に制度の検討を命じた。このラザク委員会が1956年に提出した報告書は「ラザク報告」と呼ばれ、1957年の独立後最初の教育令(EducationOrdinanceof1957)として法制化された。主な内容は次のとおりである。①「国民学校(NationalSchool)」においては、マレー語のみを教授用語とし、その他の用語を使う学校は国民学校と認めない。その他の言語(中国語、タミール語、英語)を教授用語として使用する学校は「国民型学校(National-typeSchool)」とする。②すべての国民学校及び国民型学校をマラヤ志向とするために、同一の教育条件を確保し、共通カリキュラムを実施する。③中等教育にマレー語中等学校を創設し、共通の修了資格試験を課す。この報告では、まず統一的かつ体系的な国民教育制度の確立を提唱した点、次にマレー語学校のみを「国民学校」、それ以外は「国民型学校」として存続を認め、三言語主義を明確にした点などが注目される。また、中国語やタミール語を初めて国民教育制度に組み込みつつも、マレー語の地位向上のために、公務員採用の条件、試験の必須科目化、奨学金受給や昇進の条件、教員養成選抜の必須要件という様々な面でマレー語に「経済的価3 5値」を与えたことにより、マレー人優先の中央集権的教育体制が確立された。このラザク報告で創造された教育政策の基本理念は今日まで生き続けている。3ラーマン・タリブ報告(LaporanRahmanTalib)ラザク報告の直後、1957年にはラーマン・タリブ教育大臣を議長とする教育再検討委員会が組織され、新生マレーシアの国民教育制度樹立のためにマレー人優先の教育政策が提案された。この「ラーマン・タリブ報告」は1960年に議会で承認され、1961年に「1961年教育法(EducationActof1961)」として施行され、長くマレーシアの教育制度の骨格を形成するものとなった。改正された主な内容は次のとおりである。①マレー語を教授用語とする学校を国民学校(NationalSchool)とし、その他の英語、中国語、タミール語の学校は国民型学校(National-typeSchool)とする。②下級中等学校には、マレー語学校(国民学校)と英語学校(国民型学校)をおく。③中国語学校及びタミール語学校の生徒は、下級中等学校に進学する際、1年間の移行学級(RemoveClass)で学習する。④小学校・下級中等学校を通じてマレー語学校の教育は無償とする。⑤学校終了年齢を15歳に引き上げる。⑥中等学校の修了資格試験はマレー語と英語で行う。⑦中等学校に対し財政援助を与えるのは、マレー語学校と英語学校のみとする。ラーマン・タリブ報告は、ラザク報告からさらに進んで、より「マレー化」を推し進めようとした点が特徴で、例えば⑦のように、中等教育段階における中国語学校に対する政府補助が1962年に廃止された。このため、国民学校に進学する中国語及びタミール語の小学校出身の生徒は③のとおり「移行学級(RemoveClass)」(次章で詳述)へ進み、マレー語を学習しなければならなくなった。④についてはマレー語学校のみを無償とすることに強い反対の声もあったため、1962年に全ての小学校が無償とされ、⑤についても14歳に引き下げられた。この報告後確立された公的試験は、教育内容の統一、共通語の普及とならびマレーシアの社会的統一を促進する重要な手段となった。下級中等学校の入学試験を除き、下級中等学校修了試験から大学予備課程修了試験まで、中国語あるいはタミール語では試験を受けられなくなった。また、学校制度も小学校6年、下級中等学校3年、上級中等学校2年、大学予備過程2年、大学3年のいわゆる「6-3-2-2-3制」が確立された。1951年にバーンズ報告で打ち出された国民教育制度は、1956年のラザク報告、5巻末参考文献⑨p.274 1960年のラーマン・タリブ報告を経てほぼ10年で確立されることになった。その間、初等教育は二言語主義から三言語主義へ、中等教育は一言語主義から二言語主義へと経緯を辿りつつも、マレーシア独立以後はマレー語学校を国民学校として国民教育制度の中核と位置づけ教育の統合を図ろうとする理念が6貫かれている。第3節ブミプトラ政策と教育制度1ブミプトラ政策マレーシア憲法の第153条第1項には「国王は本条の規定に従い、マレー人及びサバ、サラワク州の原住民の特別な地位、及び多種族社会の正当な利益を守る責任を有す」とある。また、第2項は「国王は本憲法中のいかなる条項にも関わらず、第40条および第153条に従い、マレー人およびサバ、サラワク州の原住民の特別の地位を保護するために、必要な方法により自己の権能を本7憲法及び連邦法の名のもとに行使することができる」と続く。これは、「ブミ8プトラ政策(BumiputraPolicy)」と呼ばれる種族差別的性格の強いマレー系優遇政策の法的正統性を担保する極めて重要な条項である。イギリス植民地時代から天然ゴムとスズという二大品目の生産と輸出に依存してきたマレーシアは、典型的な第一次産品に依存した経済であり、1957年にマラヤ連邦として独立した後も、60年代は農業振興策が経済政策の中心であった。その結果、70年代は農業が経済に占めるウエイトは非常に大きく、就業人口の5割以上、GDPの3割強、そして輸出の8割を占めるという基幹産業であった。しかし、第1節でも触れたようにイギリスの分割統治政策は、マレー系を農業、中国系を製造業及び商業というように、長く民族ごとの棲み分けを強制してきた。その結果、産業別の生産性格差は民族別の所得格差につながり、元々土着の民族だったはずのマレー系は、特に中国系に対し、経済的に大きく遅れをとることになった。参考までに70年の人種別貧困率を見ると、中国系が26%、9インド系が39%に対し、マレー系は65%と民族間の所得格差は明らかだった。経済的地位で劣るマレー系の中国系に対する不満が爆発して起こった1969年の人種対立暴動事件(5月13日事件)は、民族間に横たわる対立の根深さとその背景を象徴する事件としてよく取り上げられるが、この人種暴動事件を契機に、国民統一の達成、経済格差の是正、国民教育制度の再編がさらに強く叫ばれるようになった。そのために、貧困と経済格差の原因であるモノカルチャ6巻末参考文献⑧p.2067巻末参考文献⑫p.48ブミプトラとはマレー語で土地の子を意味する。9巻末参考文献⑦p.505 ー経済からの脱却が必要との認識から、産業構造高度化、輸出商品の多様化が政府の長期経済計画の中心課題となった。つまり、製造業を育成しGDPに占める割合を高め、マレー系のシェアを増やしていくことが目標とされたのである。マレーシア政府(ラザク首相)は1971年から1990年までの「新経済政策(NEP;NewEconomicPolicy)」を発表し、国民統合と国家建設のために、あらゆる民族における貧困の撲滅と、民族間・地域間の経済格差を是正する社会構10造の再編という2つの目標を設定した。この主な内容は、経済的地位の低い「ブミプトラ」たるマレー系民族には、本来移民であった中国系やインド系よりも特権及び特別の地位があるとして、中国系及びインド系に並ぶほどの経済的水準にまで引き上げることを目的としており、そのためにブミプトラを経済的・社会的といったあらゆる側面から積極的に「差別」することでその地位を回復しようとするものであった。具体的政策としては、あらゆる雇用機会に人口の民族構成比を反映させることと、ブミプトラの資本所有比率を90年までに30%まで引き上げるための措置を講じることなどを柱にしており、これら一連の政策はブミプトラ政策として、以後の教育政策にも極めて大きな影響を与えることとなった。2教育制度との関係ブミプトラ政策の中で表-1マレーシアの教育政策と5ヵ年計画の歴史最も重視されているのが年次政策5カ年計画実は教育分野であり、教1951バーンズ報告1956ラザク報告育体系の見直しが徹底的1957教育令になされた。繰り返すが、1960ラーマン・タリブ報告この政策の大きな柱は1961教育法1966第一次マレーシア・プラン「貧困の撲滅」と「社会1971新経済政策(NEP)第二次マレーシア・プラン構造の再編」である。そ1976第三次マレーシア・プラン1979マハティール報告の具体的な貧困撲滅対策1981第四次マレーシア・プランとして農村部の子弟のた1986第五次マレーシア・プランめの教育施設の提供が行1991国家開発政策(NDP)第六次マレーシア・プラン1996第七次マレーシア・プランわれた。また社会構造の(「マレーシアの民族教育制度研究」P.31より)再編策としてNEPの中で、産業構造の高度化に対応し科学・技術コースにおけるブミプトラ子弟の在籍率を高めるための優遇策が、教育政策として反映されている(優遇策の具体的内容については、第3章で詳述する)。10巻末参考文献⑨p.356 <貧困の撲滅>マレーシア政府にとって、貧困撲滅のための重要課題の一つとして農村の貧しい人々が近代的な公共サービスを享受できるようになることがあげられており、そのために教育施設の提供を推進することが教育機会の平等につながると考えられている。例えば、1986年に出された第五次マレーシア・プラン(表-1)における新経済政策の進展と展望という項には特に低所得者層や農村居住者に対して教育機会を増やす必要があり、そのため寄宿制の理科学校がつくられ、農村地域に住む子弟にも科学・技術教育へのアクセスがより改善されなければならない11とされている。このような、都市部よりも農村地域の貧困層に教育機会を与えるべきという理念は、マレーシア・プランに共通して貫かれており、より良い教育を受けることは、より安定した高収入の道を開かれる可能性につながり、結果として貧困問題も解消されると考えられているのである。<社会構造の再編>NEPでは、学校制度が人材養成を目的とした人員計画の補足的な役割を演じると期待している。そして、社会構造の再編を目指す同政策では、教育に最も関連する項目として民族と職業パターンの再構成をあげている。1971年からの第二次マレーシア・プランでは、科学・技術コースにおけるマレー系と原住民、いわゆるブミプトラの在籍率を増やす努力が必要であるとしている。この背景には、ブミプトラが専門・技術職に占める割合は高いものの、実質は教師や看護婦などの割合が多いだけであり、高収入の専門・技術職の比率は低いという事実がある。このため、建築技師、会計士、エンジニア、歯科医、医師、獣医、測量技師、法律家の専門職においてブミプトラの割合を向上12させることが必要とされている。しかし問題なのは、ディプロマやディグリーの段階でこうした専門コースにブミプトラが占める割合が、非ブミプトラに比13して低いことであり、この改善が目標となっている。3教育の国語化政策1970年からマレー語は、マレーシア語(BahasaMalaysia)と呼ばれるようになった。国民型学校とされていた英語学校については、ブミプトラ政策の下、国民学校の概念に反するという理由で廃止し、マレーシア語学校への転換が進14められた。この根拠は、1957年のマレーシア憲法第152条で「国語はマレー語である。10年後までは公文書ならびに法案には英語を用いられる」とし、英11巻末参考文献⑨p.3612ディプロマ(diploma)はカレッジレベル、ディグリー(degree)は大学レベルの学位。13巻末参考文献⑨p.3714巻末参考文献⑧p.2097 語の公用語としての地位を漸次廃止することとしていたことにある。1970年を境に英語小学校では1年生から順次全ての教科をマレーシア語で教育する事業が実施された。そして、1982年までに初等・中等教育レベルの英語学校は全てマレーシア語に転換され、1986年までには、大学の教育もほとんどマレーシア語で行われるようになった。マレーシア語学校を中心にして国民教育制度の再編成を図ろうとするマレーシア語の国語化政策の一環として行われた英語学校の廃止に伴う英語教育の後退は、マレーシアの教育におけるマレーシア語の役割を著しく増大させるとともに、ブミプトラの中等・高等教育への接近を極めて有利に展開させるこ15とになるのである。第4節国民教育政策の再定義1ブミプトラ政策の微妙な修正1970年から20年計画で進められてきたNEPに続く長期経済政策として、1991年、政府は「国家発展政策(NDP;NationalDevelopmentPolicy)」を発表した。NEPの基本的な思想を受け継ぎながら、さらに民族間の経済格差や不均衡を完全に達成して国民統合を実現することを目的としている。NDPが開始された1991年2月、マハティール首相は、国家産業評議会の席上、2020年までに「先進国」の仲間入りを果たすという経済構想「ヴィジョン2020(Vision162020)」を発表した。この構想の中では、特に、他の先進国の模倣ではなくマレーシア独自の「完全な発展」をめざすことが強調されている。完全な発展とは、複数の民族によるものではなく、共通意識をもった「マレーシア国民」による国民統合を意味するとされる。また、その国民統合は、多文化の並存を前提としており、従来の政策がマレーシア語を話し、イスラムを信仰し、そしてマレーの文化をもつ「マレー人」による国民統合をめざしていたのに対し、文化的多様性を保持した「マレーシア人」による国民統合が構想されている点が特徴である。ただし、NEPから20年ぶりに着手されたブミプトラ政策の見直しも、国語であるマレーシア語と国教であるイスラムを国民文化の機軸とし、国民統合の要とする従来の基本方針が変更されたわけではなく、「同化主義の否定と多17文化主義の導入」という微妙な修正にとどまるものであった。21996年教育法1995年9月、新教育法案を審議してきた政府の内閣教育委員会は新教育法の15巻末参考文献⑪p.20816巻末参考文献⑩p.13117巻末参考文献⑩p.1328 法案を承認し、同年12月20日、連邦議会は草案を可決し「1996年教育法」(TheEducationAct1996)が成立した。これは、1961年教育法を全面的に見直した改正法で、マレーシアにおける国民教育の大きな転換を図るものであった。主な改正点は次のようにまとめられる。①国際社会における競争力強化の重視②国民型学校の転換を規定した条項(第21条2項)の削除③教育大臣による学校理事会・運営会の解散規定条項(第26条A項)の削除④国語政策の堅持を法文に明記⑤私立学校を国民教育制度の一環として規定⑥就学前教育を国民教育制度の一環として規定①については、NDP及びヴィジョン2020という国家経済計画が示される中、科学技術の進展、そして情報化・グローバル化社会に対応し、マレーシアが国際社会で十分に競争力を発揮できるよう、さらに民主的で統一社会を実現できるよう国民教育が重要な役割を果たすことが期待されている。また、②・③は、当時非ブミプトラにとって懸案であった国民型小学校の存続問題に対する制度的な存続の保障を与える内容であり、⑤については華文独立中学のような中国系の私立学校も国民教育機関の一つとしてみなされることになるという意味で、NDPにおいてわずかながらも修正された「多文化主義の導入」という思想がここに反映されている。しかしながら、1961年教育法では序文として言及されるにとどまっていた国語政策も、④のように、条文のひとつとして法的規制の対象とした点も見逃せない。このことにより、国語としてのマレーシア語の地位を一層明確にし、国民教育の主要教授用語とする方針に変更がないことを確認している。さらに、従来ではふれられていなかった就学前教育(Pre-schoolEducation)も⑥のとおり国民教育制度に組み込まれ、原則として教授用語もマレーシア語とすること18が明文化された。このように、マレーシアの国民教育制度は、複合民族国家ゆえの課題である国家統一、そして英植民地政策を主な背景として生じた経済格差の是正を目的に、経済政策とリンクする形で確立された。また、その基本的な役割は一貫して変わらないものの、時代の変化に合わせ修正を加えながら、1996年教育法の成立により現在の教育制度が形成されるに至った。次章では、その教育制度に基づく、学校教育の概要とその教育政策を遂行する行政の仕組みや役割について紹介する。18巻末参考文献⑩p.1369 第2章学校教育の概要と教育政策の展開第1節学校教育の概要マレーシアにおける学校教育の基本的な理念は、マレーシアの国是である「ルクネガラ(Rukunegara)」に集約されている。この理念は1969年の人種暴動事件の翌年に政府が発表した。内容は次のようなものである。そしてこのルクネガラの方針にしたがって、教育企画委≪ルクネガラ≫員会(EPC;TheEducation我々マレーシア国民は、次の目的の達成を目指す!"複合民族が統一された社会への到達PlanningCommittee24ペー!"民主的な社会の形成ジ参照)がカリキュラムの基!"すべてのものに平等で公正な社会の創造本方針を決定している。そし!"多様な文化的伝統を持つ自由な社会の確保て、教育省に設置されたカリ!"科学と現代技術を志向する進歩的社会の建設キュラム開発センター(CDそして、これらは次の原則により導かれるC;CurriculumDevelopment!"神への信仰!"国王と国家への忠誠Center)は、その決定を受け!"憲法の支持て具体的なカリキュラムを編!"法の支配成している。!"良識ある行動と道徳さて、国民教育制度に基づ(EducationinMalaysiaより)く学校教育の流れについては、まずプレスクールと呼ばれる就学前教育からスタートする。次に、国民小学校を中心とした初等教育、そして中等教育、高等教育と続いていく(図-1参照)。初等及び中等教育は、日本のような義務教育ではなく、あくまでも任意教育であるが、無償で受けることができる。小学校の入学年齢は6歳からになっており、教育期間は5年から7年と幅がある(飛び級及び移行学級制度による、後述)。次に、中等教育は下級と上級に分かれ、下級中等学校は3年間、上級中等学校は2年間の教育期間がある。中等教育を終えると、フォーム・シックスやカレッジなどの大学入学に向けた準備過程へ進むことになる。1年から2年の大学準備過程を修了すると大学への進学が認められることになる。各教育レベルの修了時には、国民教育制度に定められた全国統一試験を受験しなければならず、その試験結果が上級レベルに進学するための基準となっている。そのため、表-2でも示したとおり、下級中等学校までは自動的に入学できるために在籍率は82%程度あるが、初歩的な専門教育もスタートする上級中等学校における在籍率は55%程に大きく減少している。その後、フォーム・シックス、大学と進むにつれて在籍率はさらに減少するが、特に大学に至ってはわずか3.7%に過ぎず、教育のレベルが高くなるほど、進学は難しいものと10 なっている。表-2各レベルにおける在籍率在籍率教育レベル1970(%)1995(%)小学校75.496.7下級中等学校(中学校)18.982.4上級中等学校(高等学校)4.455.8フォーム・シックス(大学予備課程)0.723.2大学0.63.7(教育省提供資料より作成)図-1マレーシアの学校系統図1就学前教育(Pre-schoolEducation)第1章で見たように、プレスクールは1996年教育法(TheEducationalAct1996)から、国民教育制度の一部として位置づけられることになった。その目的は、小学校から始まる本格的な教育に備え基礎的な教育を施すことにあるとされている。児童の年齢は4歳から6歳で、政府の省庁(教育省、地方開発省、国民統合・社会開発省)やNGOなどによって運営されているが、全てのプレスクールは、教育省が示すカリキュラム・ガイドラインに従うことが義務付けられている。カリキュラムの内容は、小学校前の児童が基本的なコミュニケーションや社会に適応するのに十分な能力を身につけることを主に目的としたものである。2初等教育(PrimaryEducation)第1節でも見たように、小学校(PrimarySchool)には、マレーシア語を教授用語とする国民学校(NationalSchool)とマレーシア語以外、つまり中国語や11 タミール語を教授用語とする国民型学校(National-typeSchool)の2種類がある。国内には2000年現在、これらの学校が合わせて7,217校あり、在籍する生徒の数は2,931,190人、教員数は154,920人である(表-3)。小学校では、読み書きや算数などの基礎学力はもちろん、思考力や多様な価値観の習得を目的とした教育を行っている。マレーシアでは初等教育を義務づけているわけではないが、対象年齢児童の96%以上(1995年)が各地域の小学校に在籍している(表-2)。表-3初等学校数及び生徒数(2000年)学校のタイプ学校数生徒数生徒数の全体に占める割合(%)国民学校5,3792,216,38975.61国民型学校(中国系)1,284622,43521.24国民型学校(インド系)52090,2603.08特別学校282,1060.07合計7,2172,931,190100.00(マレーシア教育省提供資料より作成)カリキュラムの基本をなすのは、教育省のCDCによって示される「小学校統一カリキュラム(ICPS;IntegratedCurriculumforPrimarySchools)」である。ICPSはコミュニケーション、人間環境、自己開発の3つの大きな分野からなり、その3分野はさらに6つの要素に細分され、各科目に分類されている(表-4)。表-4ICPSの基本構造分野要素レベルⅠレベルⅡ(1年生-3年生)(4年生-6年生)コミュニケーショ基礎的能力マレーシア語マレーシア語ン中国語中国語タミール語タミール語英語英語算数算数人間環境精神、価値観、態度イスラム教育イスラム教育人間と環境道徳教育道徳教育科学地域学習自己開発技術家庭音楽技術家庭美術、レクリエーショ美術音楽ン保健体育美術課外活動保健体育(EducationinMalaysiaより作成)小学校における学年の呼称は、「スタンダード(Standard)」で表され(例え12 ば小学校3年生はスタンダード3)、さらにスタンダード1から3までは「レベルⅠ」、スタンダード4から6までは「レベルⅡ」と区別されているが、授業科目や授業時間はこのレベルによって分けられており、授業科目は表-4のとおりである。このうち、英語は全ての学校で第2外国語として教えられており、中国語、タミール語及び先住民の言語もコミュニケーションに必要として採用されている。また、1年間あたりの授業時間は、レベルⅠで1,350時間、19レベルⅡで1,440時間とされ、各科目の割当て時間はその科目の重要性に関連して決められている。6年生の終わりには、児童たちは小学校到達試験(UPSR;UjianPelajaranSekolahRendah)と呼ばれる共通試験を受ける。受験教科は、マレーシア語、英語、算数(数学)、科学、そして中国語かタミール語(国民型小学校の児童のみ)である。UPSR自体は、中等学校へ進学するための選抜試験ではなく、初等教育過程の理解度を確認するテストの位置づけなのであるが、この結果をもとに、マレー系のエリートを養成する全寮制中等学校の入学者が選抜されており(第3章に詳述)、事実上、中等学校入学試験としての役割も果たしている。また、UPSRの結果は、個人の成績のみならず、学校ごとのランキングも公表されることになっている。このため、小学校段階から「受験」をめぐる競争は必然的に激化し、小学校の中には数クラスの中から優秀な子どもたちだけを集めた「ベスト・クラス」を設けて特別な教育を行っているところもある。ある小学校の校長にその目的を問い合わせたところ、特別な進学教育を施すためではなく、あくまでも子どもたちの理解力に配慮し効率を優先した措置でカリキュラムは他のクラスと同様であるとのことだったが、エリート中等学校への入学を意識した受験対策、そして学校全体の学力の底上げをねらった措置であろうと推察される。マラッカ市内の小学校の授業風景19休憩に充てられる150分(1週間あたり)は除く。13 <飛び級制度>基礎学力の到達度合をチェックすることを目的に、学校単位の試験が実施されているが、1年生から6年生までは自動的に進級することになっている。ただ、才能豊かな児童を早くから選別するために「レベルⅠ試験」がある。レベルⅠ試験とは小学校3年生修了時に試験評議会(TheExaminationSyndicate)と学校が主催する試験であり、受験は本人の意思に委ねられ自由である。PTSで好成績を収め2階級特進を認められた児童は5年生の過程(スタンダード5)を省略し、5年間で小学校を卒業することが可能になる。<移行学級制度>国民小学校で学んだ児童はそのまま下級中等学校に入学できるが、中国語やタミール語学校といった国民型小学校で学んだ児童については下級中等学校に進学する前に1年間の「移行学級(RemoveClass)」での学習が義務づけられ20ている。つまり、マレーシア語を母国語としない中国系やインド系など非ブミプトラの児童に国民中等学校で教授用語となるマレーシア語を十分に習得することが求められているのである。マレーシア語の国語化を目指す政策的な措置とはいえ、非ブミプトラの児童にとってマレーシア語の習得と1年間の学習の遅れは大きな負担であることは間違いない。そのため、中国系・インド系であっても初めから国民小学校へ通わせる例もあるという。<スピーキング・コーナー>小学校の中には、「スピーキング・コーナー(PublicSpeakingCorner)」を設けられて学校もある。順番の児童は他の児童たちが見守る中、交代で英語とマレー語のスピーチをすることになっている。幼少の頃から人前で話す訓練を通じ、語学力及びスピーチ能力の向上などをねらっている。3中等教育(SecondaryEducation)中等教育の大部分を担うのは、マレーシア語を教授用語とする国民中等学校であり、中国語や英語を教授用語とする私立中等学校は数からすれば非常に少ない。国民中等学校は、下級と上級に分かれており、下級中等学校(LowerSecondarySchool)は日本の中学校、上級中等学校(UpperSecondarySchool)は高校に当たる。下級中等学校は総合制を採用しているが、上級中等学校は学校種別に、普通学校(RegularSchool)、全寮制学校(FullyResidentialSchool)、技術学校(TechnicalSchool)、宗教学校(ReligiousSchool)、職業学校(VocationalSchool)という主な20UPSRで優秀な成績を残した児童については、直接フォームⅠへの入学が認められる場合もある。14 5タイプと、さらに特殊学校(SpecialSchool)を加えた6タイプに分類される。これら全中等学校の合計は、2000年1月現在1,641校で、生徒数は2,000,256人、教員数は108,892人である(表-5)。表-5中等学校数及び生徒数学校のタイプ学校数生徒数生徒数の全体に占める割合(%)普通学校1,4641,905,27495.25全寮制学校4023,3771.17技術学校7735,9461.80宗教学校5334,5651.73職業学校46110.03特殊学校34830.02合計1,6412,000,256100.00(マレーシア教育省提供資料より作成)中等教育は、国民教育哲学(NPE;NationalPhilosophyofEducation)に基づき、知識、洞察力、そして技術の習得を手助けすることにより子どもたちの持つ全般的な能力の開発を目指しており、最終的には生涯教育のための強い土台づくりを目標としている。カリキュラムでは、一般的な教育に加え、生徒たちは初歩的な専門科目も学ぶことになる。小学校と同様、英語は第二言語として全学校で教えられる。中国語やタミール語、そして原住民の言語もまた科目に加えられている。さらに、1996年教育法では、アラビア語、日本語、フランス語、そしてドイツ語などの外国語は中等学校で教えられることになっている。中等学校で規定されたカリキュラムは、ICSS(IntegratedCurriculumforSecondarySchools;中等学校統一カリキュラム)と呼ばれている。(1)下級中等学校(LowerSecondarySchool,Form1-3)中等学校における学年は「フォーム(Form)」で表され、下級中等段階はフォーム1からフォーム3までの3年間である。授業科目は、表-6のとおり必修科目と追加科目に分けられている。表-6下級中等学校の授業科目必修科目(CoreSubject)追加科目(AdditionalSubject)マレー語、英語、数学、イスラム教(道徳*)、中国語、タミール語、アラビア語科学、地理、歴史、生活、美術、保健体育*非ムスリム(非イスラム教徒)の生徒が対象3年間の下級中等課程を修了すると、生徒たちは下級中等試験(PMR;PenilajanMenengahRendah)と呼ばれる全国共通試験を受験しなければなら15 ないが、その内容は全国共通の部分と学校独自の部分で構成されている。学校独自の部分も試験評議会の定めるガイドラインにそって作成される。以前は、PMRの成績が振るわない生徒は進級できないシステムだったため、表-2の在籍率にも顕著なように、下級段階(82.4%)と上級段階(55.8%)では格段の差があった。しかし、近年、標準的な国民教育の期間は上級中等教育の2年間を加え5年間とする中等教育政策が推進されており、PMRの性格は選抜テストというより、むしろ下級中等課程の学力診断テストの性格を強めているとされる。ただ、PMRもUPSR同様、学校ごとのランキングが発表されることになっているので、必然的に生徒以上に教員の方がそのランキングを意識している感がある。(2)上級中等学校(UpperSecondarySchool,Form4-5)上級中等教育は2年間である。この段階で、一般的な教育プログラムに美術、科学、技術、職業もしくは宗教などの専門教育が加わってくる。これらの学校には、普通科、技術、職業、そして宗教の各コースがある。ア中等普通科学校(SecondaryAcademicSchools)ほとんどの中等学校は普通科の課程に美術や科学コースを加えた普通科学校である。ICSS(中等学校統一カリキュラム)により定められた科目は、表-7に示したような必修科目、選択科目、そして追加科目の各カテゴリーから構成されている。上級中等学校における2年間の課程が修了すると、生徒たちはマレーシア教育検定(SPM;SijilPelajaranMalaysia)を受験することになる。この試験によって大学進学に備える予備課程に進むことができるわけだが、その課程には中等学校に附設されるフォーム・シックス(大学予備過程)、特定大学へのマトリキュレーション(大学入学許可)・コース、留学を目的としたイギリスのGCE試験のAレベル(GeneralCertificateofEducation‘Advanced’)コース等がある。なお、中等普通科学校の実態については、全寮制中等学校の事例を中心に第3章で詳述する。16 表-7上級中等学校の学習科目必修科目追加科目選択科目マレーシア語中国語グループ1(人文)英語タミール語マレー文学、英文学、地理、美術、アラビアイスラム教(道徳)アラビア語語数学グループ2(職業及び技術)科学経理、経済概論、商業、農業科学、家庭科学、歴史上級数学、機械エンジニアリング、民間エン保健体育ジニアリング、エレクトロニクス、エンジニアリング・テクノロジー、製図グループ3(科学)実験科学、物理、化学、生物グループ4(イスラム)イスラム神秘論、コーラン、イスラム教(EducationinMalaysiaより作成)マラッカ市内の全寮制中等学校(共学)における授業の様子イ中等技術学校(SecondaryTechnicalSchools)中等技術学校では、基礎的なエンジニアに関する分野はもちろん、数学や科学分野に優れた学生を社会に輩出することを使命としている。学習内容は、普通科と同様、上級中等学校カリキュラムの必修科目に加え、技術系の設立目的を反映し、表-7の選択科目グループ2から科学やエンジニア等に関する科目を選択することになっている。技術学校への入学はPMRの結果に基づき教育省が決定しており、数学や科学に極めて秀でた生徒については、特別に選抜されるシステムもある。また、技術学校には大学予備課程であるフォーム・シックスもあり、先端技術の習得のみならず、科学技術に関するディプロマ及びディグリーレベルの学習プログラムも用意されている。17 ウ中等職業学校(SecondaryVocationalSchools)中等職業学校では、一般的な教育をはじめ基礎的な職業技術に関する授業を行っている。課程には職業教育課程及び技術訓練課程の2つの課程がある。(ア)職業教育課程(VocationalEducationStream)この課程では、職業技術の開発よりもポリテクニクスやその他の高等教育機関に進学するのに必要な基礎学力を身に付けるための一般的・技術的科目に重点をおいている。したがって、授業内容も普通科に近いものになり、普通科学校や技術学校と同様に、職業学校の普通科コースを選択する生徒のための全国共通試験であるSPM(V)を受験することになる。現在、このコースには表-8で示したような17科目がある。表-8職業教育課程の授業科目普通科職業科基礎科目分野コースマレーシア語エンジニア#"電気英語#"電子科学#"機械店練習数学#"溶接及び金属製作イスラム教育(道徳教育)#"自動車技術#"建築*概ね普通科学校と同様#"冷蔵及び空調家庭経済#"調理#"ファッションデザイン及び製作#"ビューティーカルチャー#"保育#"製パン・菓子商業#"オフィス・マネジメント#"ビジネス・マネジメント農業#"観葉園芸#"農場機械#"農場経営(EducationinMalaysiaより作成)(イ)技術訓練課程(SkillsTrainingStream)この課程では、関係産業で要求されるような技術的能力を伸ばすために、実践的な作業訓練に重点がおかれ、生徒たちは人的資源省の国家職業訓練協会が監督する国家職業訓練検定(NVTC)の合格を目指す。生徒たちは訓練を終了した後、主に産業界へ就職することになっている。また、この課程は2年間と1年間の2つのコースに分かれている。参考までに、2年コースでは上級中等学校の生徒に表-9のような分野でNVTC検定に向けた教育が行われている。18 表-9授業訓練課程の授業科目冷蔵及び空調整備(国内)、冷蔵及び空調整備(販売)、自動二輪整備、自動車整備、アーク及びガス溶接、一般機械製作工、一般機械整備工、建築、大工及び建具、家具製造、ラジオ及びテレビ修理、電気技師、農業機械整備、洋裁、美容師、エステ、食品加工、食品サービス<タイムセクター民営化(TSP;TimeSectorPrivatisation)政策>教育省は、「タイムセクター民営化(TSP)政策」と呼ばれる中等技術・職業学校と産業界を結ぶ政策を推進している。つまり、産業界は実践的な技術教育を提供することで将来の労働力を確保し、ポリテクニクスや中等技術・職業学校は教育実習施設を開放するというプログラムである。TSPプログラムの多くはリンク・プロジェクトと呼ばれるもので、EON/プロトン自動車整備訓練プログラムや技術学校(Techno-school)プログラムなどがある。21例えば、国産車メーカー・プロトン社によるEON/プロトンプログラムは、プロトン車のサービスやメンテナンスなどに対応する自動車修理工を特別に養成するためのプログラムである。また、ポリテクニクスと松下エレクトリックモーターの共同プロジェクトである技術学校プログラムは社内訓22練や工場労働者の能力向上にも役立っている。エ国家宗教中等学校(NationalReligiousSecondarySchools)この学校の目的は、精神的知識と高度な現代知識を調和することが出来、崇高な価値観を有する個人の創出である。生徒たちには、イスラムの知識を、科学技術をはじめとする現代のあらゆる分野にも反映することができるようになることが期待されている。基礎カリキュラムには、普通科中等学校での科目と同様の一般教科が含まれている。他の必須科目としてはアラビア語(コミュニケーション)、アラビア語(応用)、イスラム教に関する科目がある。生徒たちは、下級中等課程からの入学が可能で、普通科中等学校におけるPMRやSPMと同じような試験を受けることになる。<特殊教育(SpecialEducation)>1996年教育法では、ハンディキャップ(脳性麻痺、視覚・聴覚障害など)を21国営の自動車製造会社。マハティール首相のルック・イースト政策により日本の技術移転が促進された。EONはプロトン車の販売会社。22エンジニアや熟練工の絶対的な不足を背景に、より高度な知識や技術を必要とする産業構造の高度化に対応するため、政府は順次、職業学校を技術学校に転換していく方針も示している。19 持った子どもたちに教育の機会を提供することも盛り込まれており、特殊学校もしくは普通の小学校・中等学校で特殊教育を提供するよう規定している。教育省の特殊教育部では、社会的支援を必要とする子どもたちに次のようなプログラムを通じて教育機会や施設を提供している。#"視覚障害者プログラム#"聴覚障害者プログラム#"統合クラスプログラム23#"包括的教育プログラム特殊教育教員養成カレッジでは特殊教育プログラムを効果的に実施するために必要な教員養成を行っている。また、指導する教員は、点字用タイプライター製造、機械メンテナンス、カウンセリング及びガイダンス、イスラム教育、音楽セラピーといった多様な教育を手助けしている。実は1996年までマレーシアには就学前及び中等教育段階における正式な特別教育カリキュラムがなかったが、1996年教育法の施行後、1997年1月にカリキュラムが試験的に導入され、1998年からは完全に施行されるようになった。4大学予備課程(PostSecondaryLevel)上級中等学校卒業後は、ローカル及び海外の大学、高等教育機関(研究所)への入学、もしくは社会人になるための準備を目的とした大学予備課程へ進むことになる。教育機関としてはフォーム・シックス(TheFormSix)、各大学のマトリキュレーション・コース(MatriculationProgram)、そしてポリテクニクス(Polytechnics)、マラ工業研究所(TheMARAInstituteofTechnology)やトゥンク・アブドゥル・ラーマン・カレッジ(TheTuankuAbdulRahmanCollege)のような政府立カレッジ等で開講される大学入学クラスが挙げられる。(1)フォーム・シックス(大学準備課程)通常、大学などの高等教育段階に進学するためのルートとして、上級中等課程修了後、SPM試験を受け、大学準備課程に入学し、同課程修了後、マレーシア高等教育証書(STPM;SijilTinggiPersekolanMalaysia)と呼ばれる高等教育試験を受け、ようやく大学に進学できる。そのための準備課程が全寮制中等学校などに附設されているフォーム・シックスであり、大学進学に必要な一般教養、技術、宗教などの教育が行われ、その期間は1年から2年である。(2)マトリキュレーション・コース(大学入学プログラム)マトリキュレーション・コースと呼ばれる大学入学プログラムは、特定の23障害を持った子どもたちの中には包括的教育プログラムの一環として通常の小学校でともに学んでいるケースもある。20 大学への入学希望があったときその大学が実施する試験を受験する生徒のため特別に用意される予備クラスで、大学や全寮制中等学校に附設されており、その在学期間は入学できる大学により異なるが1年から2年である。しかし、このコースは基本的にブミプトラの子弟しか認められていない(この問題については第3章にて詳述する)。(3)ポリテクニクスポリテクニクスは、上級中等学校の卒業者に対し、エンジニアリング業界で活躍する技術者、ビジネス・サービス業界から求められる初級から中級レベルのエグゼクティブを輩出するための教育を実施している。また、ビジネス効率をより向上させる技術的・経営的開発も行われており、その他TSPでもふれたように、産業界との協力による研究や開発プロジェクトも進んでいる。ポリテクニクスで行われているコースは2年間の認証プログラムと2年から4年間の学位プログラムに分かれており、講座内容は、例えば2年間の認証プログラムで24もの各種エンジニアリングに関する講座が用意されている。また、すべてのコースのカリキュラムで一定期間の企業研修(IndustrialAttachment)が組み込まれている。この研修は学生に仕事の経験を積ませ、商工業界の現実や生きたビジネスについて身をもって理解させることがねらいである。卒業生には海外の大学同様国内の学位取得に向けたプログラムがある。1996年教育法の下、ポリテクニクスは国内及び海外の高等教育研究機関と学位レベルの姉妹校(twinning)プログラムを実施している。5大学国内の公立大学は1999年現在で10校あり、合わせて18万人弱の学生が在籍している(表-10)。履修期間は学部によって異なり、概ね文化系が3年、理科系4年、医科歯科系は日本同様5~6年である。マレーシアでは、高度経済成長に伴い主に科学技術や情報通信分野の専門的知識を持った人材の供給が急務となっている。この状況に対応するため、各大学は科学技術分野を中心として質的向上に力を入れており、また情報技術や電子、製造、通信分野では新たなコースも既に設けられている。しかし、公立大学からの人材供給だけでは、専門的知識を有する人材に対する需要を十分に満たすことができないとして、1996年の大学・カレッジ法の改正により、民間企業による私立大学の設置が認められるようになった。その結果、現在はテレコム大学、テナガ・ナショナル大学、ペトロナス大学、そしてマルチメディア大学など有力企業が支援する私立大学が設置されている。また、大学をめぐる新たな改革として「大学の法人化」も進められている。21 これも1996年大学・カレッジ法の改正によるものだが、法人化されると、政府による一定の管理は受けるものの、より独立した大学経営を行うことが可能になる。具体的には、教員の採用や報酬をはじめ、コンサルタント機能を充実したり、研究成果を商品化したりすることで自主財源の強化につながると見られている。公立大学でこの法人化をいち早く取り入れたマラヤ大学をはじめ、一部の大学では既に研究開発や経営コンサルタントといった機能を強化する24改革が行われている。ところで、大学の特徴の一つに学生の男女比率がある。表-10を見ても明らかなように、全公立大学のうちマレーシア技術大学を除きすべて女子学生の方が多く、全大学の在籍人数では30%も多くなっている。これは中等教育段階で男子学生のドロップアウトが多いことや家計を助けるための早い就職に起因している。表-10公立大学名及び学生数等(単位:人、1999年現在)公立大学(設立年)学生数とその内訳教員数男性女性1マラヤ大学(1962)26,48810,57515,9131,5732マレーシア理科大学(1969)21,3398,60712,7321,2153国立マレーシア大学(1970)22,8058,06214,7431,6954マレーシア・プトラ大学(1971)35,43314,53920,8941,4175マレーシア技術大学(1972)29,89119,01110,8801,4996国際イスラム大学(1983)14,2195,8288,3919237マレーシア北部大学(1984)16,5495,61810,9316628サラワク大学(1992)3,1901,5001,6903079サバ大学(1994)3,6621,7301,93225710スルタン・イドリス教育大学(1997)3,3101,5341,776111合計176,88677,00499,8829,659(SocialStatisticsBulletinMalaysia2000より作成)第2節教育行政の構造とその役割1教育省の組織構造マレーシアにおける教育行政は、独立以来確立されたマレー系優先の中央集権体制により、連邦政府(教育省)を中心とするヒエラルキーで構成されている。つまり、連邦政府→州教育庁→地方教育事務所→学校という強力なタテ割り構造で組織され、教育に関する組織、運営、開発等は基本的にすべて教育省の管理下にある。教育行政の遂行は、教育大臣(及び副大臣2名)を筆頭とする図-2のよう24体制が不十分で財政的な自立が困難な大学に対しては、国家高等教育基金を通じた財政支援策もある。22 な体制で行われている。また、教育事務次官及び教育総務局長は教育大臣に直接責任を負い、事務次官は行政上の全般的な課題、総務局長は専門的な課題に関わることになっている。次官の下には、主要な6部と7課が配置されているが、そのうち就学前及び初等・中等教育部から特別教育部までの5部は直接教育局長の下、高等教育部のみは直接教育事務次官の監督下にある。これら6部に加えて、いくつかの課、そして政府関係庁や法定機関がおかれている。さらに、図-2で表記した各部課以外の課や法定機関の詳細は表-11のとおりである。教育に関する企画立案及び意思決定は、教育企画委員会(EPC;TheEducationPlanningCommittee)により行われている。この委員会は、各部相互及び部内の意思決定を容易にするために設けられている。大臣が議長を務める同委員会は、連邦レベルで最高の意思決定機関であり、教育政策の採択や調整、推進に関わっている。委員会事務局は、教育総務局に直属する教育企画調査課におかれている。多岐にわたる政治的な教育課題は、最終決定前に必ず内閣に諮られることになっている。また現在は、教育政策の遂行に協力したり、監視したりすることはもちろん、政策ガイドラインの形成などの任務を受け持つ8つの運営委員会がある。これら委員会には中央カリキュラム委員会、開発委員会、財政委員会、教科書委員会、奨学制度委員会、教職員開発トレーニング委員会などがある。これら委員会とは別に、専門課首脳会議、部長会議、教育調査に係る調整委員会、教育企画委員会諮問会議など、政策や企画に関する個別の課題について議論する委員会もまた設置されている。連邦レベルで策定される教育政策や計画の遂行は14の州教育庁を通じて実施される。州教育庁は、総合計画のための中央省庁へのフィードバックに加え、教育政策の遂行、国家教育プログラムやプロジェクトのチェックなどを行っている。州教育庁の政策遂行を補うために、ペルリス・マラッカの両州、そして連邦政府直轄区を除いた全ての州に地方教育事務所が設置されている。地方教育事務所は、学校と州教育庁を結び、教育行政を円滑に推進する役割を果たしている。23 教育省の庁舎(クアラルンプール)図-2教育省の組織構造教育大臣教育企画委員会副大臣副大臣事務次官教育総務局人政副副高中就技道イ民特調教管策等等学術徳ス間別査育理・次次教前教課企課教・教ラ教教法育育画育部初育部ム育育部学官官部等部・部部課教監校育査・技課内術バ法キィアイ律研ンミザア究・ヌード所バデ育州庁政府教24 表-11各部に属する課名及び法定機関等名の一覧カテゴリー部名及び課・法定機関名各部所属課副次官Ⅰ組織開発サービス課、奨学制度課、管理サービス課副次官Ⅱ財政課、開発民営化・供給課、情報システム課、国際課高等教育部政策管理統制課、高等教育課(財政開発担当、学生入学担当)就学前及び初就学前及び初等・中等教育管理課、教員指導課、カリキ等・中等教育部ュラム開発センター、教科書課、スポーツ課技術教育部技術職業管理課、技術職業カリキュラム課、ポリテクニクス管理課、企画調査課、職員指導開発課イスラム・道徳イスラム学・道徳教育課、ダクワ・指導者課、イスラム教育部学・道徳教育カリキュラム課民間教育部企画調査課、登録標準課、行政施行課特別教育部企画調査課、特別教育課、指導援助サービス課法定機関マレーシア試験協議会、大学、MARA工業研究所、トゥンク・アブドゥル・ラーマン基金、マレーシア学校スポーツマレーシア学校スポーツ協議会、国立翻訳研究所政府関係機関マレーシア国立図書館、トゥンク・アブドゥル・ラーマン・カレッジ(EducationinMalaysiaより作成)2教育関係予算ここ10年間の予算の推図-3 教育関係予算額及び国家予算に占める割合移を見てみると、教育関係25,00023.0の予算額は年々増加してい22.020,000るが、国家予算に占める割21.0合については、全体予算が15,000リンギ20.0%25大きく増加する年があり、10,000百万19.0かなりの増減が見られる5,00018.0(図-3)。一般及び開発支017.0出を合計した予算額につい92939495969798990001て、既に確定している1999年教育関係予算額年を例にとると、政府が支国家予算に占める割合出した金額は15,323百万(EconomicReport1996/1997,2000/2001より作成)26リンギで、国家予算に占める割合は22.1%になる。この割合は、防衛や厚生、貿易関係などの分野別に見ても最も大きい数字である。次に、教育省に割り当てられた一般会計の配分について、教育省の公表している資料を参照してみると、実にその90%近くが就学前及び初等・中等教育関係の経費にあてられていることが分かる(図-4)。これは、初等・中等教育25この理由として、1996年、2000年に実施された4年に1度の総選挙が大きく影響していると見られる。政府与党は、有権者の意向を意識してバラマキ型の予算編成になる傾向がある。261リンギは約30円。(2000年時点)25 の重要性もさることながら、その対象年代にある子どもたちの在籍率(表-2)とも無縁ではないと推測される。図-4教育省の予算(1996年)分野予算(RM)予算比就学前・初就学前及び初等・中等教育6,721,156,70087.3等中等教育87.3%技術教育275,619,3823.6財政運営・開発情報システム208,901,9902.7州政府運営152,717,4002.0その他3.0%技術教育科学技術教育57,940,4180.83.6%イスラム・道財政管理・イスラム・道徳教育48,965,5000.6徳教育科学技術教州政府管理開発情報シ0.6%育行政ステムその他232,991,6003.00.8%2.0%2.7%合計7,698,292,990100.0(教育省提供資料から作成)26 第3章学校の現状第1節エリート教育制度マレーシアでは国策として同国の将来を担うエリートを養成しており、実質的な養成機関の役割を果たしているのが次に紹介するような全寮制中等学校である。そして、そうした学校に通う生徒の多くがマレー系の子弟であり、先に述べたようなブミプトラ政策を最も色濃く反映した教育政策のひとつといえよう。エリート教育の背景には、中国系やインド系に比べ経済分野で遅れをとるマレー系にとって、こうした教育機関を通じてより多くの経済エリートを輩出することで、民族間の経済格差を是正しようという狙いがある。こうした学校への入学は、小学校6年生のときに受験するUPSR(全国統一試験)の結果をもとに教育省によって選抜され、全国40校の入学者が決まる。2000年1月現在、その40校に在籍する生徒数の合計は23,377人、中等学校に通うマレーシア国内全生徒数のわずか1.17%(表-5)に過ぎず、同校への入学は極めて狭き門であることがうかがえる。各地域に設置されている全寮制中等学校は、まさに各地の秀才が集められたエリート養成学校なのである。本章ではマレーシアにおける教育政策の象徴ともいえる全寮制中等学校の事例を通してその実状を明らかにしたい。第2節全寮制中等学校の事例(トゥンク・アブドゥル・ラーマン学校(STAR))1概要西マレーシアの北部に位置するペラ州の州都イポー特別市は、首都のクアラルンプール、ペナン島のジョージタウンに次ぐ第3の都市で、人口およそ50万人、面積は387平方km、東南アジア屈指のスズ産出地として有名である。ペラ州における最初の全寮制マレー学校として1958年に開校したトゥン1ク・アブドゥル・ラーマン学校(SekolahTuankuAbdulRahman,;通称「STAR」、以下同様)は、同州における代表的な進学校であり、中国系やインド系に比べ経済的に遅れをとるマレー系の子弟に十分な教育の機会を与えることを目的に設立された。同校の教育方針は、ブミプトラの子弟に大学進学など高等教育により近づける質の高い中等教育を行うこととされ、40年余りの同校の歴史で5,000人以上の卒業生が様々な分野で活躍している。男子校である同校の生徒数は、2001年1月現在575人。99%がマレー系、1%がサバ・サラワク州の少数民族で、要するに100%ブミプトラの子弟で構成されているということになる。1初代首相のトゥンク・アブドゥル・ラーマンとは直接的な関係はないという。27 2学校生活の実態(1)年間スケジュール1年間のスケジュールは2学期制となっており、1学期は1月から5月まで、2学期は6月から11月までである。各学期の終了後はスクール・ホリデーとなっており、特に2学期終了後は通常イスラム教の断食月(ラマダン;2Ramadan)に当たるため、2001年度の年間スケジュールを参考にすると11月9日から翌年1月6日までの2ヶ月間が休みになる。(2)カリキュラム履修科目は必修科目、選択科目、そしてその他科目に分かれており、このうち必須・選択科目の合計は下級中等レベルで8科目、上級中等レベルでは10科目となっている。科目の内訳と教師数は表-12のとおりで、教員数の合計は61人(男性27人、女性35人)、校長先生を加えた教員数の合計は62人となっている。表-12科目名及び教員数レベル科目名(教師数)(教師数の合計)必須科目マレーシア語(6)、英語(6)、歴史(3)、宗教(6)、数学(5)(26人)下級選択科目技術家庭(3)、地理(3)、科学(2)(8人)上級選択科目数学Ⅱ(3)、物理(3)、化学(3)、生物(3)、会計学(1)(13人)その他の科目保健体育(3)、外国語【日本語(2)、フランス語(2)、中国語(マンダ(11人)リン)(1)、アラビア語(宗教教師と兼任)】、カウンセラー(3)全寮制のSTARでは、一日のスケジュールや時間割が厳しく管理されている。一日はアラーへの礼拝から始まり、続いて食事と軽い運動を行う。授業は基本的に午前7時30分から開始(月曜日は朝礼)、午前9時50分から20分の休憩を挟んで9時限が組まれており、午後1時20分には終了する。1時限の時間は前半が35分、後半は40分である。ただ、木曜日と金曜日は全て1時限あたり35分で変則的な時間割である。また、集団礼拝のある金曜日は午後からの授業はなく、午前中7時限の授業となっている(表-13)。この表-13で示した時間割は、第1週と第3週のもので、第2週と第4週は別の時間割に変わる。これは履修科目を調整するためだが、「フレキシブル・タイムテーブル(FlexibleTimetable)」と呼ばれ、多くの学校で採用されているスタイルだという。授業終了後、生徒たちは課外活動や特別活動、自習などで夕方まで過ごす。パソコンを利用したIT教育を目指すスマート・スクール(第4章で詳述)2イスラム歴の9月がラマダンになり、イスラム教徒は日の出から日没まで食べ物や水を口にできない。28 にも指定されている同校では、インターネットも自由に利用することができるため、空いた時間にインターネットを楽しむこともできる。また、午後5時から7時までは完全に自由時間なので、子ども同士で遊んだり、テレビを見たりしながらゆっくりくつろぐことができる。表-13下級中等学校3年生の時間割(第1・3週)の例時1234休憩5678910限時07:3008:0508:4009:1509:5010:1010:4511:2012:0012:4013:20間-08:05-08:40-09:15-09:50-10:10-10:45-11:20-12:00-12:40-13:20-14:0011:20*11:55*12:30*-11:55-12:30-13:05月朝礼歴史マレーシア語英語地理数学外国体育火科学数学地理マレーシア語宗教美術水技術家庭英語科学歴史宗教地理木宗教マレーシア語外国語保健体育数学歴史金宗教技術家庭地理科学(*…木・金の時間割)(3)課外活動課外活動は、リーダーシップの育成、潜在能力の伸長などを目的に実施されており、全ての生徒の参加が義務づけられている。というのも、大学への入学時にはSPM試験の結果のみならず、課外活動の実績も20%程度考慮されることになっているためであり、生徒の側も真剣に取り組まざるを得ないシステムになっている。課外活動の種類は大きく分けて次の3つのカテゴリーに分類される。!"クラブ(宗教、社会奉仕、外国語、音楽・創作・写真など文化活動)!"ゲーム(陸上、サッカー、ホッケー、バスケットなどスポーツ活動)!"ユニフォーム(士官実習、スカウト、赤十字、スクールバンドなど)この各カテゴリーから生徒たちは1つずつ選択して参加するのだが、活動は週に2回、1回は平日の夕方(午後3時から4時30分)、もう1回は土曜日に行われている。同校は学術面で秀でた成績を残しているだけでなく、スポーツや課外活動の面でも高い評価を受けており、特にクリケット・チームは地域リーグのチャンピオンで、そのメンバーのうち5人はペラ州の代表である。29 学校の敷地内にある寮(4)全寮制中等学校への入学政府立全寮制中等学校の入学者選抜は、第1節で触れたとおり学校ではなく教育省が行っている。マレーシアの全児童が受験するUPSRの試験科目は、マレーシア語Ⅰ、マレーシア語Ⅱ、英語、算数、科学の5科目で、5段階評価(A~E)される試験結果において全てAの成績を収めた子どもの中から家庭環境なども考慮しつつ選抜されるという。また、中高一貫教育が採用されているものの、下級中等レベル進学時に全寮制中等学校へ入学できなくても、上級中等レベル進学時に、普通学校から編入できるチャンスが残されている。フォーム3のときにPMRという全国統一試験が実施されるが、受験8科目(マレーシア語、英語、数学、科学、歴史、地理、技術家庭、イスラム教もしくは道徳)のうち5科目でAの成績を残せば、全寮制上級中等学校のフォーム4に編入が可能である。(5)定期テスト生徒の到達度をチェックするために①コーディネーション・テストⅠ(3月)、②中間テスト(5月)、③コーディネーション・テストⅡ(7月)、④期末テスト(10月)、という年4回の定期テストが実施されている。試験科目は全ての科目が対象となる。また、同校ではこれらの定期テストに加え、今年からトピカル・テスト(時事テスト)が導入され、2月、6月、そして8月の3回実施する予定である。なお、全国統一試験のPMRとSPMは9月に実施される。3学校の実績上級中等学校修了時に受ける全国の生徒が受験するSPMの成績は、グレードⅠ・Ⅱ・Ⅲで評価されるが、大学への基礎的入学条件として5科目以上の試30 験でパスしたことを意味するグレードⅠの取得が必要である。1999年のSPM3合格率の全国平均は67.8%だが、同校は100%の合格率を誇っている。その内容は、95%以上がグレードⅠを記録、うち7人が9A、4人が最上級の10Aをマークしている。全国のグレードⅠ取得率は24.9%なので、この95%を超える数字がいかに優れたものであるか窺い知ることができる。フォーム5を終えた生徒たちの主な進路は概ね表のとおりであり、校長先生の話では、同校の卒業生にはペラ州政府の局長や法律アドバイザーなど、政府関係で活躍する人たちが多いという。表-14卒業後の進路進学先構成比率%1マトリキュレーション(マラヤ大学及び4カレッジ)60.02スペシャル・プログラム(地場大手企業4からの支援)10.03私立カレッジ(MARA、医学系など)5.04海外(アメリカ、イギリス、オーストラリア、日本、ドイツ等)1.05その他(各種カレッジ、ポリテクなど)24.0合計100.0(STAR校長先生からの聞き取りによる)第3節マレー系への優遇措置1経済面での優遇(授業料と奨学制度)まず、教育関係の国家予算からアプ表-15授業料及び寮経費ローチしてみる。中等課程の生徒1人内容リンギあたりの予算をカテゴリー別に見てみ授業料試験費用10.00図書館費用4.50ると、通常の中等学校で年間2,064.6美術4.50リンギの予算に対し、全寮制の中等学ゲーム9.00校には6,069.1リンギ5とおよそ3倍のスポーツ1.00雑誌12.00予算が割り当てられていることになる。保険1.50次に、生徒の負担すべき内容を見て小計42.50みると、表-15のような授業や寮に寮経費食料費278.00洗濯費82.00係る経費として、生徒一人あたり年間余興費6.00400リンギ以上の負担が必要である。小計366.00一方、奨学金制度については、主に合計408.50①連邦政府奨学金と②ペトロナス6奨(STAR提供資料より作成)*なお、この他に受験費用や入寮費が別途必要。学金の2種類がある。その内容は、表①フォーム3(PMR)20リンギ②フォーム5(SPM)129リンギ③フォーム1・4(入寮費)10リンギ3巻末参考文献⑤p.1394大手企業としては、プロトン(PROTON)、ペトロナス(PETRONAS)、そして電力会社のテナガ(TENAGA)などがある。5巻末参考文献⑤p.1546政府が全額出資する石油会社で、国内に埋蔵されているすべての石油、ガスの所有権を持つ。31 -16で示したように非常に手厚いもので、どちらの奨学金制度も一度受給が決まるとほとんど奨学金だけで中等教育を受けることができるような仕組みになっている。同校では両奨学金制度を併せて、133人が受給しており、その割合は全校生徒の23%に上る。しかしながら、設立の目的からも明らかなように、全寮制中等学校はマレー系の子弟のみを対象にした学校であるため、中国系やインド系は入学することはできない。つまり、そうした制約がある以上、中国系、インド系の子弟が通常の3倍の予算を割り当てられることも、奨学金を受給することもありえず、こうした点からも全寮制中等学校という制度が、ブミプトラ政策を極めてよく具現化したシステムであることがよく分かる。表-16奨学金制度①連邦政府奨学金600リンギ/年が無償で支給される。家庭の収入が1,000リンギ/月以下の生徒が対象で、同校は109人が支給されている。②ペトロナス奨学金300リンギ/年の小遣い、書籍購入費、PMR及びSPM受験費、年2回の帰省交通費が無償で支給される。対象は、連邦政府奨学金と同様月々の収入が1,000リンギ以下の生徒で、成績が優秀であれば卒業後も継続して支給される。また、大学卒業後も必ずしもペトロナスで働く必要はない。現在、同校では24人が支給されており、卒業生でも10人が支給を受けている。2高等教育機関との連携(入学の優遇措置)マトリキュレーション・コース(P.20参照)を開設している全寮制中等学校の場合、特定の大学への進学が極めて容易になる。第2章でも紹介したが、通常の大学進学への過程は次のとおりである。まず7上級中等学校修了時に行われるSPM試験の結果で選抜されフォーム・シックスへ進む。そして2年間の課程終了後STPM試験(P.20参照)を受け、その結果で国内大学への入学者が選抜される。マトリキュレーション・コースの場合には、SPMの成績(特に理科と数学の成績)で選抜され、2年間の大学予備教育後、STPM試験より容易といわれる「マトリキュレーション試験」を受けることでマラヤ大学など特定の大学へ進学することができる。さらに、各大学ではブミプトラに有利な定員枠(民族別の割当制)を設けていることもあって、ブミプトラと非ブミプトラの大学入学に対する難易度の差は歴然としている。7SPMについてはP.16参照。P.30で前述したように大学入学の基礎的条件として、SPMでグレードⅠを5科目以上得る必要がある。32 STARの事例でも、卒業生の実に60%がマトリキュレーション・コースと呼ばれる予備課程に進み、フォーム・シックスに比べて容易に国内の大学へ進学している(表-14)。しかし、このコースはあくまでもブミプトラの子弟のみに開かれたものであり、中国系やインド系は正規のルートであるフォーム・シックスを経るか、もしくは海外留学を目指すなどして高等教育への接近努力を続けざるをえないため、学力的要因はもちろん、経済的要因からもかなり制限されたものになる。正門から見たSTAR33 第4章ITに対応した新制度の導入2000年1月、政府は世界的なITの大競争時代を見据えて「スマート・スクール(SmartSchool)」と呼ばれるITを活用し、授業にパソコンを使った新たな教育システムの運用を開始した。対象となるのは、マレーシア各州の全寮制中等学校を中心とした90校。新時代の教育を目指したマレーシアの大胆な試みは内外から注目されている。本章では、スタートしたばかりの新制度について紹介する。第1節MSC計画と教育政策90年代前半までマレーシア経済を牽引したのは家庭用電化製品を主力とする製造業であった。しかし、タイやベトナムなどの周辺アセアン諸国も積極的な外資導入政策により次第に国際競争力をつけ、マレーシアの労働コストの面等での優位性が揺らぎ始めるようになった。そのため、労働集約型の産業構造からIT(情報通信技術)に代表される知識集約型の経済へ転換を図る必要に迫られた政府は、1991年、経済開発構想「ヴィジョン2020(Vision2020)」を発表した。このマスタープランに基づく、「マルチメディア・スーパー・コリドー(MSC;MultimediaSuperCorridor)」が明らかにされたのは1996年のことである。その主な内容は、首都KLからKL新国際空港を包括する南北50キロ、東西15キロのエリアに最新鋭の通信インフラを整備し、ハイテク関連産業を誘致するという壮大なものである。世界規模のR&D(研究開発)、生産、マーケティング拠点としての機能はもちろん、電子政府の推進、遠隔医療サービスの充実、身分証明書や電子マネーなどの機能を持つスマートカードの推進などを目指しており、既に新行政首都「プトラジャヤ(Putrajaya)」、先端情報技術都市「サイバージャヤ(Cyberjaya)」が完成している。この巨大プロジェクトの推進し、マルチメディア技術を社会に普及させることを目的として、7つの分野から構成されるフラッグシップ・アプリケーションが掲げられているが、スマート・スクールはその一角をなすものとして位置づけられている(表-17)。表-17MSCフラッグシップ・アプリケーションMSCフラッグシップ・アプリケーションマルチメディア開発マルチメディア環境名称所管名称所管電子政府マレーシア行政近代化企画室R&D開発拠点科学技術環境省単一多目的カードネガラ銀行遠隔製造国際貿易産業省スマート・スクー教育省ボーダーレス市マルチメディア開発公ル場社遠隔医療保健省また、MSCプロジェクトの成否は、外資企業の誘致とともに、IT技術者の34 育成がカギを握ると見られている。もちろん、その需要に応えられるよう、サイバージャヤにはIT技術者を養成するマルチメディア大学や外資系企業の研究機関も設置されているが、技術者の絶対数を確保するためには、マレーシア国民の全体的な底上げが必要不可欠である。こうした状況を見据え、実は教育省は1992年から教育におけるコンピューター化に取り組んでおり、8年のコンピューター化計画を経て導入されたのがスマート・スクールなのである。第2節スマート・スクールのコンセプトラザク教育大臣はスマート・スクールついて「スマート・スクールはMSCの要求に応えるだけでなく、新世代のマレーシア国民を創造するために国家規模で計画されている。新世代の国民とは、より創造的で革新的な思考を持ち、そして新技術に精通し、さらに情報にアクセスするだけではなく、完全にそれを管理することのできる国民をさす」と述べている。つまり、この言葉は記憶力を重視し、試験に偏重してきた教育に対する反省に立ち、自分でモノを考える創造力と問題の解決力を身につける教育への転換を意味している。具体的なスマート・スクールの目標は次のとおりである。①知性、体力、感情、精神というあらゆる領域において個人の発達を促すこと②個人の長所や能力を伸ばす機会を提供すること③技術的な教養を備えた思考力のある労働力を社会に輩出すること④全ての子どもが公平に学べるよう教育の民主化を図ること①・②が子どもたち、③が社会、④・⑤が教育システムをそれぞれターゲットにしたものである。これらの目標を達成するために、教育省は「スマート・8スクール実行計画」を示し、この実行計画に基づき、プロジェクトを推進している。その中で、スマート・スクール導入により従来の教育制度と変わるものが大きく分けて3点ある。スマート・スクールの性格がよく表れているので、簡単に紹介したい。まず、第1に「学習指導(Teaching–Learning)」があげられる。このコンセプトは「情報を一方的に享受するだけのこれまでのスタイルを改め、情報を自ら追求する、問題解決のためのあらゆるアプローチを行う、そして自分の考えを伝える、という『学習』を目指す。学習とはまた、創造力を働かせることによって得られるものであり、こうした変革を効果的に行うためにITはどうしても必要なツールである」と説明されている。つまり、これまでの先生が子ど8巻末参考文献②35 もたちを教える、情報を与えるという根本的な原理を覆し、先生は子どもたちが自ら「学習」する手助けをするという発想である。そして、その手助けのための重要なツールがパソコンというわけである。第2に「試験と認証(AssessmentandCertification)」である。これまで見てきたように、UPSR(P.13参照)やPMR(P.15参照)など年齢に応じた学力診断テストを年に1回実施してきたが、スマート・スクール試験制度では、「リビング試験(LivingAssessment)」及び「生涯データベース(LTDB;LifetimeDatabase)」が導入される。リビング試験とは、年に1回だけだった学力テストを改め、学級単位、学校単位、そして全国レベルの試験を組み合わせて、普段の学力を評価しようという試み、LTDBは、生徒たちの就学期間中の成績記録を全てデータベース化し保存するシステムである。こうした試験及び認証制度の導入により、1回だけの試験で評価が決定するというプレッシャーから開放される代わりに、日々の学習が非常に重要になることと推察されるが、教育省のねらいはまさにそこにあるといってよいであろう。そして、第3が「管理(Management)」システムである。スマート・スクールで新たに導入される管理システムでは、学校内はもとより、教育省や教育機関、そして家庭ともITでつながるため、効率的な情報交換が可能になる。また、個人情報がデータベース化されるため、生徒の成績や各種情報の管理に効果を発揮し、教師の業務軽減につながると考えられている。これらが、スマート・スクール導入のポイントとなる内容である。では、教育の現場への導入について次節で見てみたい。第3節学校への導入と現状こうしたコンセプトを実現するために環境の整備が必要となるが、教育省はまず2000年1月、モデル校(PilotSchools)への導入からスタートした。モデル校は各州にある政府立の全寮制中等学校を中心に、初等・中等レベルあわせて90校が選ばれている。そして、スマート・スクールの導入レベルに応じて「ステータス(到達目標)」が決められ、各学校はその整備状況に応じてランク付けされている。そのステータスは技術水準や設備の内容を考慮して、遠隔地(Remote)の最低限レベルからレベル4まで5段階(LevelRemote,1,2,3,4)に分類されている。例えば、遠隔地レベルについては、主に農村地帯にある学校への導入レベルを指し、中等教育の基本的な設備として、テレビ、ビデオ、ラジオカセット、OHP以上各1台、管理事務所用パソコン1台、パソコン室(生徒10人あたりパソコン1台)、レーザープリンター1台、無線インターネット・アクセスが列挙されている。一方、レベルが向上するにしたがって、様々な設備が整備されることになる36 が、スマート・スクール計画で目指す最高のレベルでは、基本的なパソコンやインターネットの環境はもちろん、マルチメディア開発センターやビデオ会議室、さらにブロードバンド対応のLAN(LocalAreaNetwork)構築なども計画されている(表-18参照)。現在、モデル校90校のうち、レベル4ないしそれに準じた設備を持つ学校は、新設校を中心に11校ある。政府は、順次スマート・スクールを導入し、2020年までに全ての学校をスマート・スクールに転換し、教育のIT化を実現する計画である。表-18スマート・スクールのレベル評価基準設備レベル2レベル41放送設備のあるビデオシステム-5台2OHP、テレビ、ラジオカセット生徒200人あたり1クラス1セット1セット3LCDプロジェクター同上10台4PA(公共演説)システム1セット1セット5管理システムとインターネット可能3台6台な管理事務所用パソコン6教室用パソコン1クラスあたり1クラスあたり生徒10人で1台生徒5人で1台7インターネット可能な図書館及び10台各クラスの平均生徒数メディアセンター用パソコンもしくは35台8教師用パソコン教師3人に1台教師1人に1台9科学実験室用パソコン1実験室あたり1実験室あたり生徒10人で1台生徒5人で1台10LAN構築とインターネット可能な各教室に生徒1人1台各教室に生徒1人1台パソコン室11レーザープリンター各パソコン室に1台各パソコン室に1台職員室に1台職員室に1台12LAN(LocalAreaNetwork)1セット-13マルチメディア開発センター-パソコン10台、スキャナー2台、カラープリンター2台など14ビデオ会議システム-1セット15ブロードバンド用LAN-1セット(TheMalaysianSmartSchoolImplementationPlanより作成)第3章で紹介したSTARは、実はこのスマート・スクールの指定も受けており、実際にパソコンやソフトウェアの導入が進められているのだが、その整備状況は現在レベル2の段階にある。表-18はハード面を基準にしたカテゴリーの1例を示したものである。レベル2と4を比べると、生徒や教師1人あたりのパソコンの充実度に開きがあるのはもちろんであるが、特に13~15の項目ように、最先端のIT設備を配置するなど設備の高度化を一層進めている点が大きく異なっている。この他、各学校に課外活動の一環としてPTAや民間企業と協力して、パソコ37 ン・クラブを設けるよう政府は指導している。STARについても、教育省から整備されたパソコンに加え、学校独自の予算やPTAからの寄付により50台のパソコンを備えている。このパソコンは、スマート・スクールの授業ではなく、パソコンのレッスン用として、放課後や夜間に利用されているという。なお、レッスン料として生徒一人あたり120リンギ/年間を支払うことになっており、この中から通信費や指導教師への報酬が支払われることになっている。第4節スマート・スクールの課題実際にパソコンで授業を受け始めた生徒たちの反応は上々というスマート・スクールだが、まだスタートしたばかりのプロジェクトの評価を云々するのは時期尚早かもしれない。しかしながら、現場を担当する教師からはいくつかの問題点が指摘されている。まず、最も大きな問題がソフトウェア開発の遅れである。第2節でも詳述したとおり、スマート・スクールにおいて、教師の役割を果たすソフトウェアの開発はハードの整備以上に重要な問題である。ところが、実際に政府から配布されている各科目(マレーシア語、英語、数学、科学)のソフトウェアを見たところ、英語を除いた3科目のレベルはまだ教師の代役を果たすには不十分なものである。比較的完成度が高い英語に関しては、英語のグローバル化を反映し、様々な研究成果や情報があふれているために、ソフトウェアの内容も様々な状況がシミュレートされ、あたかも自分がその場に入り込んだようなイメージで授業が進んでいく。発音はネイティブ教師のものが採用され、くせのあるマレー・イングリッシュではなく標準的なイントネーションで録音されており、なかなか魅力的な授業に映る。一方、数学を例にとると、一次関数の問題でも解答を導き出すために通常と同じ手順を踏んでいるとはいえ、展開する作業の一つ一つに時間を要しすぎるため、たいていの生徒はじれったくなり集中力が持続できないという。マレーシア語、科学も同様らしいが、担当の教師は、現在の完成度は50%程度に過ぎず一刻も早く他の科目も英語並みのレベルまで引き上げて欲しいという。生徒のペースで学べるというふれこみのIT授業が、ITのペースに合わせなくていけないという皮肉な状況になっている。次に、メンテナンスを含む学校側の財政的な問題である。STARによると、最初の3年間は維持経費にかかる全額を政府が補助してくれるが、その後は一部の補助は継続されるものの、不足分は学校独自で手当てしなければならない。パソコンのメンテナンスやプリンター・カートリッジやその他の消耗品も決して安価なものではないため、学校の予算だけでまかなっていけるか非常に不安を持っているとのことである。38 最後に、政府の推進計画自体に対する財政的な不安もあげられる。第3節で見たとおり、レベル4ほどのIT環境を整備するためには、1校だけでも莫大な経費が予想される。それを全国の全寮制中等学校に展開するだけでもかなりの額に上ることは間違いない。教育省に1校あたりのIT整備費用を問い合わせたとスマート・スクールの授業(マラッカ市内の全寮制中等学校にて)ころ、残念ながら明確な回答は得られなかったが、その財政的な問題に直面していることを裏づける最近の資料が得られた。当初、技術水準や整備状況に応じて5段階に分類していたレベルをA、B+及びBの3段階に変更するというものである。これは、1997年から1998年の経済不況の結果、財政状況が悪化したため、計画の変更を余儀なくされたと説明されている。アジア全体の経済自体が先行きの不透明感を増している今日、マレーシアの経済状況も例外ではない。国家プロジェクトとはいえ全ての学校を計画どおりスマート・スクールへ転換していけるかは今のところ未知数と言わざるを得ない。39 おわりにマレーシアの教育政策を考えるとき、その特色は成立過程や与えられた役割に最もよく表れている。マレーシアは、イギリスの植民地時代を経て、現在の複合民族国家を形成するに至ったのだが、イギリスからの独立後、最大の課題は様々な民族の相違を克服して国家統一を果たすこと、そして植民地政策を主な背景にした民族間の貧富格差を是正し、社会構造の再編を促すことであった。まず、前者に対して、国家統一を果たす手段として国民教育制度が重要との認識から、10年にわたる論議の末、1961年教育法が成立し、国民教育制度が確立された。つぎに、後者に対しては、1970年からNEPに代表されるマレー系などのブミプトラを様々な側面から優遇するブミプトラ政策が展開され、その政策の重要な柱の一つとして教育政策は位置づけられた。この2点からも分かるとおり、マレーシアの抱える最大の課題の解決にどうしても欠くことのできなかったのが教育政策だったのである。これらの基本政策が与えられた役割、つまり、統一された複合民族国家の形成と所得格差の是正に十分機能してきたかという命題に対し、首相のマハティール9とその母体となる与党国民戦線(BN;BarisanNasional)による政権が20年も支持されるなど安定した政治状況、1999年の一人あたりGDP(US$10,700)は、東南アジアにおいてシンガポール、ブルネイに次いで3番目という好調な経済状況を鑑みれば、ある程度の成果をあげてきたと評することもできなくはないだろう。しかしながら、真の意味で民族間の軋みが取り除けたか、また貧困は撲滅し、社会の再編は進んだかと問われれば、残念ながらその途上にあるといわざるを得ない。例えば、マレーシアのブミプトラ政策は、比較的うまく機能したアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)ともいわれているが、表面的には平穏に映る国内の状況も、ブミプトラ政策の恩恵をあまり受けない中国系やインド系に目を向けると、圧倒的にマレー系が支配する現在の政治・行政構造に複雑な感情を抱く国民も決して少なくはない。事実、つい最近(2000年12月)も中国系の団体が、1999年の総選挙の際にブミプトラ政策の廃止を政府に求めていたことが明るみに出て、民族間の対立や暴動に発展する不安も一時報じられるなど、複合民族社会が宿命的に内包する不安定性を時折露見してしまう。教育に関しても、全寮制中等学校への入学や手厚い奨学金制度、マトリキュレーションをはじめとする高等教育への接近機会など、マレー系のみを対象にした数々の優遇措置に対し、中国系やインド系には鬱積した思いが秘められており、筆者が外国人という気楽さからか彼らに水を向けると堰を切ったように不満があふれ出るのは、懸念材料の一つである。9三大民族(マレー系、中国系、インド系)を代表するいくつかの保守政党で構成されている。40 また、民族間のみならず、民族内、つまりマレー系同士の貧富格差が拡大しているという指摘もある。マレー系のエリート教育により、次世代を担う優秀な人材が豊富に育ってきているのは事実であるが、一方でそのエリート教育の階段を10上れなかったマレー系との間に新たな経済格差が生まれているというのである。例えば、低所得者や農村地帯に居住する子どもたちに教育への接近機会を増やす目的で設置されているはずの全寮制中等学校への入学は非常に難関で、一握りの恵まれた者しかその恩恵に浴することはできない。残る大部分は地元の普通学校等に通わざるを得ず、生徒の中には学費の支払いが困難になったり、家計を支えるために就職を余儀なくされたりしてドロップアウトするものも少なくない。こうした普通学校は、施設不足のため未だに午前・午後の2部制を強いられている学校も多く、パソコンに限らず、全寮制との教育環境には格段の違いがあるのが現状である。さらに、公立の総合大学は全国にわずか10校しかなく、全大学の在籍率はわずか3.7%に過ぎないことからも明らかなように国内の高等教育機関は絶対的に不足しており、私立大学も徐々に開学しているとはいえ高等教育を受ける機会は極めて制限されたものである。高度な技術・知識を要求され高給も得られる職種ほど高等教育を受けた者の方が有利であることは間違いなく、以上の点を考慮すると、マレー系同士の経済格差は広がることはあっても、縮まることはないことが容易に想像できる。ただ、マレーシアの教育を全般的に俯瞰して注目されるのは、いじめや不登校など生徒個々人の問題に対する対処の仕方である。マレーシアでも当然そうした問題は生じるが、その対応にはムチなどを使った体罰が依然として行われ、先生が責任を持って対処しているという。その際に大切なことは、指導する側もされる側も同じ「ものさし」を持っているということである。つまりイスラム(もしくは道徳)教育の徹底により、善悪の基準はお互いに明確であるということなのである。凶悪犯罪の低年齢化や荒れる学校などが深刻な社会問題化している日本としても非常に興味深い一例ではなかろうか。第4章で取り上げたスマート・スクールもIT時代を見据えた先進的かつ大胆な取り組みとして今後の行方が非常に気になる政策である。ITに対する取り組みとしては、隣国のシンガポールが有名で実績もあげているが、そのシンガポールに対するマレーシアのライバル意識は、空港、港湾などあらゆる分野で並々ならぬものがあり、ITに関しても例外ではない。MSC計画は、シンガポールが80年代後半から取り組み始めたシンガポール・ワンなどのIT基盤整備計画に対抗するプロジェクトでもあり、最終的には東南アジアにおけるITのハブを目指す構想である。その実現を、人材育成の面から支えるのがスマート・スクールであり、その成否には国家の盛衰がかかっているといってもよい。マレーシアが先進国入りする目標期限の2020年までに全国の国民学校へスマート・スクールを導10巻末参考文献⑨p.4941 入する計画で、もしこれが実現すれば、子どもたちは皆パソコンで学習するだけではなく、学校間はもちろん海外の学校ともインターネットで結ばれるようになる。ITに関する基礎的な教育を享受できるだけでなく、国際感覚も飛躍的に育成される可能性がある。ソフト面の充実や財政面のサポートなど、まだまだ克服しなければならない課題は山積しているが、現在の中央集権体制に基づく強力な政府が続く限り、今後も注目される教育政策であることに変わりはなく、その成功が大いに期待される。マレーシアの教育は、未来を託す子どもたちに人間として基本的な教育を施すという目的とともに複合民族国家ゆえの使命を負った国家政策でもあり続ける。その使命を見事に果たしたとき、マレーシアは民族と社会の調和に彩られた理想的な国家となり得る。最後に、本レポートの執筆にあたり、マレーシアの政府関係機関、学校関係者の皆様に多大なご協力をいただいたことに対し、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。42 <参考文献>①MinistryofEducationMalaysia“EducationinMalaysia”ASPrinterSdnBhd(1997)②MinistryofEducationMalaysia“SmartSchoolFlagshipApplication”(1997)③MalaysianEducationPromotionCouncil“EducationinMalaysia-ProfilesofExcellence-”④IbrahimAriff,GohChenChuan“MultimediaSuperCorridor”LeedsPublications(2000)⑤DepartmentofStatisticsMalaysia“SocialStatisticsBulletinMalaysia2000”(2000)⑥MinistryofFinanceMalaysia“EconomicReport2000/2001”(2000)⑦マレーシア日本人商工会議所「マレーシアハンドブック98」UUPrinterSdnBhd(1998)⑧馬越徹編「現代アジアの教育」東信堂(1996)⑨竹熊尚夫著「マレーシアの民族教育制度研究」九州大学出版会(1998)⑩杉村美紀著「マレーシアの教育政策とマイノリティ」東京大学出版会(2000)⑪綾部恒雄・石井米雄編「もっと知りたいマレーシア(第2版)」弘文堂(1994)⑫堀井健三著「マレーシア村落社会とブミプトラ政策」論創社(1998)43

当前文档最多预览五页,下载文档查看全文

此文档下载收益归作者所有

当前文档最多预览五页,下载文档查看全文
温馨提示:
1. 部分包含数学公式或PPT动画的文件,查看预览时可能会显示错乱或异常,文件下载后无此问题,请放心下载。
2. 本文档由用户上传,版权归属用户,天天文库负责整理代发布。如果您对本文档版权有争议请及时联系客服。
3. 下载前请仔细阅读文档内容,确认文档内容符合您的需求后进行下载,若出现内容与标题不符可向本站投诉处理。
4. 下载文档时可能由于网络波动等原因无法下载或下载错误,付费完成后未能成功下载的用户请联系客服处理。
关闭